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1979年〜98年生まれは「逃げきれない世代」だ。


日本は、膨らみつづける財政問題や諸外国との関係性などいろいろな問題を放置してきた「先送り国家」だったわけだが、これ以上の先送りができず、限界がすぐそこまで迫っている。


ぼくもこの世代のちょうど真ん中あたりになるわけだが、「団塊ジュニア」(1971〜74年生まれ)の老後を支え、日本という国のシステムのあり方、なによりも個々人のあり方をかなりドラスティックに転換をしなければならない。






ぼくたちの生活は、


社会保障システム    


安全保障システム


によって守られているため、広義での国のサービスというのはこのいずれかに分類されるといっていい。






・社会保障システムは国民がお互いに支え合う前提で設計されているため、
 人口構成の変化はそのシステム変革に直結する。


・安全保障システムは国同士の関係性に依存するため、
 グローバル社会における日本の立ち位置の変化はそのシステム変革に直結する。


以上から、将来(それも近い将来)を考えるうえで、日本の人口構成の変化と、グローバル社会における立ち位置の変化は把握しておく必要があるだろう。





ぼくが生まれた1988年頃の高齢者の場合、社会保障問題を先送りしても、ボリュームの厚い「団塊の世代」(1947〜49年生まれ)をメインとする次世代の労働力がその問題を吸収することができた。

しかしながら、「団塊ジュニア」(1971〜74年生まれ)以降の世代は、問題を吸収できる人口ボリュームがまったくなく、問題を先送りにできない。


この世代こそ、年齢でいえば現在20〜30代(1979〜98年生まれ)の世代になる。


こう考えていくと、遅くとも団塊ジュニア世代が高齢者になる2036〜40年には、先送り国家日本システムの限界が来る。

さらに、ここから団塊ジュニア世代が寿命を迎えるまでの30年間は、先送りしてきた問題から逃げることは不可能となり、国も、社会も、個人も抜本的改革が迫られる本当の正念場になると断言できる。





グローバル社会においては、日本の国力低下が叫ばれて久しく、中国やインドといったTHE NEW SUPER POWERがさらに存在感を増すことでアメリカにとっての日本の重要性は相対的に下がらざるをえない。

「いざとなったらアメリカに守ってもらえる」日本が、2030年以降も維持できている可能性は極めて低く、その時の中国を抑えきれなければ、香港のように中国の属国となることも十分にありえるのだ。

その証拠に、現在の名目GDPランキング(ドルベース)ではアメリカ、中国、日本という順番だが、この比較方法では対ドルの為替水準に大きく左右されるため、必ずしも経済の実力を公正に比較しているとはいいがたい。

そこでよく用いられる物価の差などを考慮した「購買力平価(PPP : Purchasing Power Parity)」という視点で評価すると、すでに中国、アメリカ、インド、日本という順番になっているのだ。






げきれない世代の宿命


逃げきれない世代(1979〜98年生まれ)は、自らの身を削りながら、団塊ジュニア世代の老後を30年間支えていかねばならない。

並行して、次世代に問題を先送りにしない社会保障、安全保障システムを再構築し、日本という国を再定義していく社会的使命も負っている。



どうだろう。足がすくみそうだろうか。



そんな困難に自分は耐えられそうもない、と思うだろうか。








ぼくはワクワクしている。


なぜなら、これまでの歴史上「イージーな時代」など決してなかったと思うからだ。

この問題は、ぼくたちが解決していくべき問題なのだ。



ぼく自身も「あとでやろう」「明日やろう」「今度やろう」といろいろなことを先送りにしてしまいがちなので、悲しいかな、人間というものは本質的に問題の先送りをしてしまう生き物なのかもしれない。


だから、誰を責めるわけでもなく、現実を粛々と受け止め、為すべきことを為すだけだ。


タイムリミットは2036年だ。
今、気づき、そこへ向けてしっかりと行動していけば、まだ残された時間はある。