人間は狩猟採集時代から脳の構造はほとんど変わっていない。

獲ったエサはすぐに食べる。それが合理的だったからだ。

わたしたちは貯金が苦手だが、それはヒトの脳がもはや存在しない時代にあわせて配線されたままだからだ。

しかし、その野性的な脳のいいなりのままでいると、経済的に豊かになることは難しい。



なたはどれだけ自分を律することができるか

現代では、企業がこれでもかというほどわたしたちに「買うべきもの」を押し付けてくる時代だ。

そうでもしないと、資本主義を持続できないからである。

これが、投資脳を育むうえで大きな障壁となる。

「蓄える」ことがニガテな脳の構造と、ひっきりなしの消費への誘惑が、わたしたちを

稼いでは使う、稼いでは使うの無限ループに追い込んでいく。

まずこのワナに気づいて収入よりも支出を少なくし、貯蓄をできたとして、さらなる問題がこのあとに待ち受けている。


「貯金」というのは結局は消費することを前提としたお金だ。


ここに本当の意味で気づいている人は多くない。

実際になぜ貯金をしているのかとアンケートを取ると

何かあったときのため
マイホームのため
旅行のため
はたまた老後のため。。。

となる。

これではうしろから常に何かに追われている感覚が一生つづくことになるだろう。



ップの水を飲んではいけない

ここで、脱税を摘発する国税局査察部である女性主人公と、巨額の脱税犯との攻防を描いた伊丹十三監督の名作「マルサの女」からの引用をしよう。

金を貯めようと思ったらね。
使わないことだよ。
あんたは葬式があれば2万、結婚式があれば3万と出すでしょう。
そんなもん出していたら金は残らない。

100万あったって、使えば残らない。
10万しかなくても、使わなけりゃ、
まるまる10万残るんだからね。

あんた今、ポタポタ落ちてくる水の下に
コップを置いて水ためているとするわね。
あんたのどが渇いたからといって、半分しかないのに飲んじゃうだろ。
これ最低だね。

なみなみいっぱいになるのを待って、それでも飲んじゃだめだよ。 
いっぱいになって、溢れて、ふちから垂れてくるやつ。
これを舐めてガマンするの。

ここでのポイントは「ふちから垂れてくるやつ」だ。


これを得るために必須となるのが、投資である。


まず稼ぎ、使うのではなく投じ、そこから得られる果実を再び投じ、それがどんどん大きくなっていく。

これを投資の神様ウォーレン・バフェットは「スノーボール」といって雪だるまに例えたが、まさにそのイメージである。


宝くじに当たった人のほとんどが、5年後には当選する前よりもひどい経済状況に陥るのも、投資脳がないからだ。

昨今メディアで騒がれている仮想通貨「億り人」のほとんども、同じような道を辿るだろう。

みんな、自分のキャパシティ以上のお金が入ってくると、コップの水をガブ飲みしてしまうのだ。

そうならないためには、リテラシーが必要で、リテラシーのためには、本気で学ぶ必要がある。


投資の概念はお金に限らず、時間や労力などあらゆる分野に当てはめることができる。


そう考えると、わたしたちは本来全員が投資家でなくてはならず、世間でいわれているほど特別な存在ではないことを理解する必要があるのではないだろうか。


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